実践に裏打ちされた再現性の高いノウハウをお伝えします

卵焼きを食べても、卵焼きを作れるようにはならない

 
■インプットとアウトプットの間には、
私たちが認識しているよりもはるかに
大きなギャップが存在していると感じています。
 
全ての物事において、インプットとアウトプットは
全く別のものなのですが、それをセットで考えない
習慣が身についてしまっていると考えています。
 
これは、私自身も無意識のうちに
インプットとアウトプットを同じように
考えてしまう傾向があるため、
常に注意をしなければいけないと思っているところです。
 
■誰かの講演を聞いた時、その講演を同じ形で
再現できる人はいませんし、
テレビで見ているスポーツ選手と
同じ動きができる人はいませんし、
どこかのレストランで食べた料理を
そのまま作れる人はいないでしょう。
 
当たり前と言えば当たり前なのですが、
この点を改めて強く意識しなければ
私たちはアウトプットに対する意識が
どんどん失われてしまうと感じています。
 
これは、違う表現をすると受け身になってしまいが
ということができるかもしれません。
 
■今の世の中においては、何もしなくても、
外界から情報が入ってきて暇になるということはありません。
 
また、何か時間を潰したいと考える時にも、
基本的にはアウトプットをするという発想は出てこず、
本を読むであったり、テレビを見るといった形で
インプットをすることが非常に多いのではないかと思います。
 
なぜなら、アウトプットに比べて、
インプットは負荷がかからないからです。
 
そして、インプットの種類によっては
自分の学びになると感じられることもあるので、
そこが落とし穴になると考えています。
 
■例えば、本を読むという場合を考えてみましょう。
本を読むこと自体はインプットということができますが、
ただインプットするだけでは料理を
食べているようなものであり、実際にその中身を
アウトプットできなければ意味がないと言えるのです。
 
もちろん、料理を食べて美味しかったという
満足感をもって終わるのであれば、それで良いように、
本を読む目的というのは楽しむであればそれで良いのですが、
 
それを自らの血肉にして何かに生かしていくという
発想で考えていけば、インプットをして気分的な
満足をしただけでは何も意味がない
ということが分かるかと思います。
 
■そして、最終的には私達は誰かに対して
なんらかのアウトプットをすることを通じて
価値を提供していくということを考えれば、
アウトプットに対する意識を
もう少し高めても良いと言えるかもしれません。
 
だからこそ、私たちはアウトプットに対する意識を
日々高めるような形で行動を重ねていくことが
重要と言えるでしょう。
 
+++
今日のまとめ
 
・私たちは、インプットとアウトプットを
同じものとして捉えてしまいがちである。
 
・それが結果として、楽なインプット偏重に
つながる。
 
・だからこそ、私たちは日々強烈に
アウトプットを意識しなければ
いけないのではないだろうか。

 



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